「めでたい餃子」
「餃子」の意外な実態
日本ではおめでたいときに餅を食べる慣わしがある。正月のお雑煮はいうまでもないが、あるとき私が招かれた結婚式では、披露宴の最中ににぎやかに餅つきが演じられた。なかなか粋な演出だったが、そこまでしなくとも、新婚夫婦のお披露目に紅白の餅を近所に配る慣わしは、いまも多くのところでおこなわれている。
日本の餅のようにおめでたい食品は世界中どこにもあるが、中国の黄河流域より北の地域では、餃子がそれにあたる。
餃子は日本人がもっともよく知っている中華料理であり、そんなありふれた料理がお祝いの食品となるのは意外かもしれないが、餃子の実態については、実は中国と日本で大きな差がある。
日本の中華料理店ならどこでもメニューに餃子があるが、中国では、たとえば上海や南京では食堂で餃子を食べようと思うとちょっと苦労する。というのは南方の食堂には餃子がないのがふつうであって、どうしても食べたければ「北方水餃」という看板の出ている店をさがす必要がある。
さらに首尾よく餃子を見つけたとしても、そこで出てくるものはわれわれがよく知っている焼き餃子ではない。あれは「鍋貼」と呼ばれる別の料理で、中国で単に「餃子」といえば、それはかなり弾力性のある厚い皮で包んだギョウザを鍋でゆでた、「水餃子」のことなのである。
古くから親しまれて…
餃子はもともと黄河より北の地域で、主食と副食を兼ねた食べ物として広まった。特に「春節」すなわち旧正月には欠かせない食品で、新年を迎えるために、現在でも北京の人は大晦日に一家総出で山のように餃子を包む。
「餃」という漢字が文献に現れるのは明の時代からだが、食品としてはすでに五〜六世紀ぐらいからあった。餃子は古くは動物の角のような形に包まれたらしく、そこから「粉角」とか「角子」とか呼ばれた。それが後に、「角」と同じ発音の《交》に《食》ヘンをつけて「餃」という字を作ったようだ。
餃子はめでたい食品だから、嫁いだばかりの娘が新郎を連れてはじめて里帰りしてきたときに、新婚夫婦をもてなす食事に餃子が使われた。ただしその時にはわざと生煮えにしておく。そして新婚夫婦にむかって「餃子はいかがですか?」と訪ねると、夫婦は「生です」と答える。
これには実は裏があって、「餃子」は「交子」、つまり子供を授けるという表現と同じ発音になる。そして夫婦が答える「生」という字は、餃子がナマであるという意味とは別に、もちろん「うむ」という意味になる。
つまり餃子が生煮えであると答えるつもりが、実は子供を生みますよ、と新婚夫婦は答えさせられているというわけだ。

〔筆者〕
阿辻哲次氏プロフィール
1951年大阪生まれ。京都大学文学部中国語学中国文学専攻卒業。
京都大学大学院博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授、京都大学助教授を経て、現在京都大学大学院人間・環境学研究科教授。
専門は漢字を中心とした中国文字文化史で著書も多数執筆。主著「漢字学―『説文解字』の世界」(東海大学出版会)、「図説漢字の歴史」(大修館書店)、
「漢字の字源」(講談社現代新書)、「中国漢字紀行」(大修館書店)、「漢字の社会史」(PHP研究所)、「タブーの漢字学」(講談社現代新書)、
「『名前』の漢字学」(青春出版社)、「部首のはなし」「部首のはなし2」(中公新書)、「文字の文化史」(ちくま学芸文庫)、「近くて遠い中国語」
(中公新書)、「漢字を楽しむ」(講談社現代新書)など。 ※2010年2月時点

