氷の巻−結晶を象(かたど)る左肩の点−

夏に外国を旅していると、アイスコーヒーやアイスティーがなかなか飲めないことに閉口する。日本にはどこにでもあるこれらの飲み物は、もしかしたら日本人が開発したものではないだろうかと思うほどに、外国ではめったにお目にかかれない。
数年前のこと、イタリアのナポリで暮らす機会があった。季節は3月、南イタリアでは抜けるような青空が続き、かなり暑くなるので、なにか冷たいものでもと思って、近くのバール(喫茶店)にとびこんだ。
冷たいコーヒーはないかと聞いたところ、あるという。喜んで注文すると、出てきたのはコーヒーをシャーベット状に凍らせたものだった。イタリアのアイスコーヒーは飲み物ではなく、スプーンを使う食べ物なのだった。
バールではカウンターの立ち飲みとテーブル席で料金がちがう。たぶん人件費の関係だろうと思うが、ほとんどの人はテーブルチャージがいらない立ち飲み席にいるので、私も見習って立ち飲みをしていたのだが、両手を使わねばならない飲み物は立ち飲みにはいささか不便なものと感じられた。
アイスコーヒーもなかなか見つからないが、かき氷となると、台湾などかつて日本から影響をうけた地域をのぞいて、海外ではまずめったにお目にかかれない。かき氷をミネラルウォーターのように高い水で作っていては商売にならない。だからかき氷屋は生水をそのまま飲める国でしか営業できないのだが、しかし日本のように水道管に口をつけて生水をそのまま飲める国は世界でもめったにない。
私が子供だったころ、真夏に子供がもっとも喜んで食べる冷たいものはかき氷だった。東京のかき氷は盛りあげられた氷の中央部にシロップが入っているようだが、私が育った大阪の「氷まんじゅう」(かき氷の大阪の呼び名)は、イチゴやメロンいう名前のシロップを氷のてっぺんから全体にたっぷりとかけまわした、いまから思えばかなり毒々しい色をしたものだったが、それが子供にはたまらない魅力だった。

皇帝は宇宙をも支配?
そのかき氷とて、真夏でも簡単に氷が作られるようになった近代の産物であって、もっと昔では、夏に氷を食べるなどまず考えられなかった。しかしずっとずっと昔の中国では、真夏に皇帝が氷を群臣に分け与える儀式があったという。
「氷」(「冰」が本来の字形である)という字は、水が凍って氷ができるさまをかたどっており、《冫》や《水》の左肩にある点は、結氷した形を示している。

冬に小川のほとりなどにできた氷を、山奥の洞窟などに作った氷室にたくさん貯蔵しておけば夏まで氷を保存できる。皇帝は夏にそれを取り寄せて家臣に配っただけだが、この行為を通じて皇帝は宇宙の時間を支配していることを見せつけた。残暑の時節に氷が配られるのを見た家来は、皇帝の絶大な能力に心酔したはずである。権力者とは昔から、ささいなトリックによって偉大な能力をもつと見せかけるものなのである。

水茎随想

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〔筆者〕
阿辻哲次氏プロフィール
1951年大阪生まれ。京都大学文学部中国語学中国文学専攻卒業。 京都大学大学院博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授、京都大学助教授を経て、現在京都大学大学院人間・環境学研究科教授。 専門は漢字を中心とした中国文字文化史で著書も多数執筆。主著「漢字学―『説文解字』の世界」(東海大学出版会)、「図説漢字の歴史」(大修館書店)、 「漢字の字源」(講談社現代新書)、「中国漢字紀行」(大修館書店)、「漢字の社会史」(PHP研究所)、「タブーの漢字学」(講談社現代新書)、 「『名前』の漢字学」(青春出版社)、「部首のはなし」「部首のはなし2」(中公新書)、「文字の文化史」(ちくま学芸文庫)、「近くて遠い中国語」 (中公新書)、「漢字を楽しむ」(講談社現代新書)など。