里-静かな里はどこへいった

自然のリズムはたいしたもので、時間が経つとちゃんと秋になった。 秋は静けさの中でのしめやかな語らいが似あう。大勢でにぎやかに楽しむ春の花見とはちがって、紅葉は好きな人と二人だけで 、ゆっくり静かに、すぎた時間を惜しみながら味わいたいものだ。 秋は万物が活動の休息期に向かうから、時間の流れまでどことなくもの悲しい。 ついしんみりしてしまうこの季節になると、私はいつも「里の秋」(海沼実作曲・斎藤信夫作詞)を口ずさむ。 静かな静かな 里の秋 / お背戸に木の実の 落ちる夜は / ああ母さんとただ二人 / 栗の実煮てます いろりばた 大都会大阪で育った私は、いろりで栗の実を煮てもらったこともないし、夜に木の実が落ちる音を聞いたこともない。 だがそれでも雰囲気は十分にわかるから、この歌を聴いたり歌ったりすると、すぐ涙腺が刺激をうける。

「里の秋」の真実
ところでこの歌は、ずっと昔、日本がまだのどかだった明治の頃くらいに作られたものだろうと、私はずっと思っていた。 ところが3番の歌詞を読んで、あれ?と思った。3番には次のようにある。 さよならさよなら 椰子の島 / お舟にゆられて 帰られる / おお 父さんよ御無事でと / 今夜も 母さんと 祈ります 調べてみると「里の秋」歌は終戦直後のNHKラジオ歌謡で、はじめて発表されたのは昭和20年12月のことだった。 3番に歌われる「父」は、南の戦地から復員してくるのだった。つまりそこで歌われているのは、戦争が終わり、 やっと帰ってくる父を待ち望む家族の喜びである。平和が取り戻された時の里の秋は、きっととても美しかったことだろう。

「里」はどこへいった?
「里」は《田》と《土》を組みあわせた漢字で、《田》は稲や野菜を植えた田畑を表しているが、もうひとつの《土》は、 単なる「つち」ではなく、土地と農業の神を祭った《社》の省略形なのである。 つまり「里」とは、豊作を祈るために神をお祭りしてある場所、が本来の意味だった。 農耕社会では農作業をみんなでおこなえば効率がいいから、何所帯かが集まって暮らすのがふつうである。この集落の中心が「里」であった。 日本の農村にも、かつては村の中心に鎮守の森とおやしろがあった。だから農村のことを「里」と書くのは、 漢字の使い方から見れば実に適切である。しかし昨今では農村が激しく変貌し、田畑をつぶしたあとに、 けばけばしいパチンコ屋やカラオケハウスなどが続々と建てられている。里の神様も、 近頃ではギャンブルと歌の上達を保証しなければならなくなったようだ。平和は嬉しいが、あの静けさはどこへいってしまったのだろう。 水茎随想

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〔筆者〕
阿辻哲次氏プロフィール
1951年大阪生まれ。京都大学文学部中国語学中国文学専攻卒業。 京都大学大学院博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授、京都大学助教授を経て、現在京都大学大学院人間・環境学研究科教授。 専門は漢字を中心とした中国文字文化史で著書も多数執筆。主著「漢字学―『説文解字』の世界」(東海大学出版会)、「図説漢字の歴史」(大修館書店)、 「漢字の字源」(講談社現代新書)、「中国漢字紀行」(大修館書店)、「漢字の社会史」(PHP研究所)、「タブーの漢字学」(講談社現代新書)、 「『名前』の漢字学」(青春出版社)、「部首のはなし」「部首のはなし2」(中公新書)、「文字の文化史」(ちくま学芸文庫)、「近くて遠い中国語」 (中公新書)、「漢字を楽しむ」(講談社現代新書)など。